Backdoor Hepatologist in IA

米国中西部IA大学病院消化器肝臓内科医師のブログ 取り扱い範囲は内視鏡から肝臓移植まで

春になった、やっと:うまくいくことといかないことと

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肝移植の話:個人的には久しぶりのPNF(Primary non function)の症例。外科医曰く、60何歳でSteatosis30%ぐらいのドナーだったと。再登録してその日の夜に再移植。これは助かる。その後はすこぶる順調で、週末に退院の予定。

肝癌焼灼術の話:症例は少しずつながら症例を蓄積している。コンスタントに月1-2例ぐらい。今のところほぼ合併症無く、CR率は90%を超え残りの数%もPRなので、まずまずの経過であろう。先日はついに商売敵の腫瘍内科医の先生(TACEしかしない)から、焼いて頂戴と治療の依頼が。すこしは認知が高まっているようでうれしい。前にも書いたが、日本に帰れば凡百の焼き手なのにこちらでは重宝される(”無沈静の内視鏡”と同じ)...不思議な気分である。

日本の若い先生を無免許臨床フェローとして招聘するプロジェクトは難航している。病院の弁護士が、ECFMGを持っていないのならば患者にかかわる仕事はできない、と仰るのだが、じゃあUSMLE未受験で臨床(しかもスタッフ)やってる俺はどうなんだと思ってしまう。同じような形の海外フェローを雇っている他科の動きを7月まで見て(その科に7月から新しい無給フェローが来るようであれば)、再度働きかけをしていこう。まだあきらめたわけではない。

ようやく春の兆し、週末は今の家に移って初めてといってよい庭の整備。馬鹿でかいホームセンターに出かけていって、ミニトマトとローズマリーの苗、およびオクラとシソの種を購入した。キラキラ家庭菜園作りを目論んでいるものの、さて初心者ゆえどこまでうまく行くものか。

雑記1/26/2018

PSV Philips Lumify

1) 冬の峠は越したか。摂氏マイナス2度とかでも暖かい気がする(気のせい)

2) 1月後半は肝移植前後の患者の入院担当。患者数は多くないがコンサルタントではなく主治医になるので忙しい。しかも3人いた移植コーディネーターが1人都合でやめたので、残り2人がいつも大変そうで気の毒である。新しい人はもうすぐ入職するとのこと。

3) アメリカの内科医(放射線科以外は?)CTなどの画像が読めないというのは良く聞くが、自分の周りを見る限りそれは正しいと思う。放射線科の先生が多く、読影がすぐに帰ってくるからいいのだが、パット見の映像からもたらされる印象はその後の診療に大きな影響を与えると思うんだけど...英語が下手なので、日本語でさえ伝えにくいこのニュアンスをフェローに伝えられないのが残念。日本で売ってるのか知らないが、PhilipsのLumify(図)を購入したいと交渉中。まったくのお金の話。半分自分で使いたいから、半分はフェローに教えたいから。おじさんの同僚にYour toyとからかわれたが否めないか?

4) 薬物がやめられないからC型肝炎(肝硬変)の抗ウイルス治療に保険が降りず、フォロー中に肝癌が。本人はシェルターに入り”ヤク抜き”をはじめたとのことで、C型肝炎の治療と肝移植評価を開始する時期をにらみながら、癌についてはAblationの適応なので手配をした(癌治療は薬物依存だろうがなんだろうが保険はおりる)。診療の流れはアメリカでやりたかったことそのままなのでいいんだけど、まあ、なんだかなあ、と。

去年の振り返りと新年の抱負、アメリカ臨床留学の機会創出

 

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<去年の振り返り>

1) 診療・教育には大分慣れた

2) IAに来てからやっと1本、原著論文を通せた(筆頭で通算10本目)

3) 肝癌ablationのサービスを立ち上げ、少規模ながら1年を通して運営できた

4) 反省:フェローを指導して出したPublicationは症例報告1本のみ

5) 自省:週末の飲酒を楽しみにしすぎて少し太った

 

<新年の抱負>

1) 肝癌診療のイニシアチブを腫瘍内科医から肝臓内科に委譲するシステムを構築

2) 初期の肝障害から移植に渡る自身の診療に、もっとダイナミズムを持たせる

3) 胆膵疾患に少しずつ手を広げる(まずはPSCや自己免疫性膵炎・胆管炎等)

4) 年1-2本は筆頭・セカンドあるいはCorrespondingで論文をコンスタントに出す

5) 酒(と付随するツマミ)を控える

6) 日本の若手医師を対象とした、肝臓病+肝移植内科の臨床研修プログラム@IAを創設する(現時点では来年1月スタートが目標。期間は1年間の予定)

 

抱負の(6)については実現するかはまだまだ未定。でもとりあえず出来る方策は尽くしてみる。しっかりと臨床に触れる機会を持てるフェローシップにせねばならない(肩書きはVisiting clinical fellow)。恐らくTOEFLのスコア(iBTで79/120点?)を求めることになる(追記:USMLE/ECFMGは一切不問)

無給のポジションなので、奨学金をゲットするか、貯金をこしらえてから来てもらうしかない。さて、この暫定プログラムは果たして若い先生にとって魅力的に見えるのか?だとして、どれだけハングリーな先生がいるんだろう?楽しみです。

アルコールと肝移植、フェローの成長、グリーンカード

9月に外来で診た症例が、肝移植の適応評価ラウンドの俎上に。

アルコール肝硬変だがまた禁酒3ヶ月。Social supportは手厚く、これまでAlcoholismに関連した症状は皆無で、腹水貯留に気づいて初めて近隣のGIを紹介されて初めて肝疾患の存在に気づかれた、というストーリー。MELD-Naは初診時24、3ヵ月後29。禁酒にもかかわらず着実に悪化している。Waiting listに載れば比較的早期に移植に至る可能性がある。また歩けているうちにリストに載せたいと思い早めの適応評価を開始した。

アルコール性肝障害に対する肝移植の是非については一定の見解は得られていない。たとえば、極端な話、何年か前NEJMにフランス(!)の施設からの報告で、直前まで飲んでいても重度のアルコール性肝炎に対しては肝移植は適応だろう、どうだ!というエポックメーキングなレポートが出たが、いまだ広いコンセンサスには至っていない。

日本では、2年前の時点では”生体は施設ごと、大体6ヶ月の禁酒が前提のことが多い”、”脳死は18ヶ月の禁酒と精神科の診察”が必須だった。この手の基準は洋の東西を問わずころころ変わるので現在がどうなっているかは不明。

あくまで個人的には、ざっくり言って医師は原則性善説を採るべきと考えているので、アルコール依存が精神疾患である可能性が高い以上、そしてICD10でも規定された疾病である以上、定められた基準をクリアする場合全例移植適応と考えている。一定の基準、というものの、科学的にアルコール依存の”寛解”を評価する確固たるエビデンスは無いので、その基準は国ごとでもよいし、移植施設ごとでも良い。現在うちの施設では”数ヶ月”の断酒と再発防止プログラムへの参加、が基準である。数ヶ月、というあいまいな基準でいいのかという疑問はここでは問わない。自分の意見は、6ヶ月とか3ヶ月とか具体的な数値にすべきと思うが、さまざまな事情がありあくまでも”数ヶ月”という基準になっている。ので、自分はこれに従って適応患者が1-2ヶ月禁酒しても改善せず、今後の改善も見込みにくいと判断した症例を移植評価するのである(あるいは1-2ヶ月でよくわからない場合はさらに待って改善の見込みの無い時点で、最長6ヶ月まで見た上で)。 

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2年目フェローの内視鏡の上達を垣間見てうれしい気分になる。もうこれ以上、自分の内視鏡処置のテリトリーを広げるつもりは無いので、今後は後進の指導に力を入れねば。もう13年目だし。日本的軽度沈静下挿入を教えるというのもその一つ。日本に帰れば凡百の内視鏡医だがここではちょっとだけ重宝される。うれしいが威張れたものではない。

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グリーンカードの手続きのため、州都Des Moinesまで出頭し、月曜朝8時に指紋採取。期日を指定され(選択の余地なし)、家から車で2時間なので小さい子持ちのみとしては前日ホテルに泊まらざるを得ず。期日を記載した通知が来たのが10日前だったので入院患者のラウンドを同僚に頼むなどばたばたしたが、無事完了。

面接、4つのプレゼン、Complicated LT cases

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先週末はフェロー候補のインタビュー。母数は忘れたが、200だか300だかの応募書類の中から選ばれた30人がインタビューに呼ばれるので、彼ら彼女らのCVはすばらしく、研究実績も盛りだくさんで、USMLEを高得点で合格している(自分で受けたことが無いので実感としてどれぐらいすごいのかはわからない)。みな胸を張って自分の業績を語る姿はいっそ清々しい。目に余るほど高飛車な候補者は今回はいなかった。

インタビュー後に御礼のメールをもらうことが多い。今回は自分が面接を担当した10人のうち5人。これまでは面接される側ばかりだったので、面接をしてくれた人に対してメールを送ることに実際どれだけの意味があるのか判然としなかったが、逆の立場になると、面接される側だったときには想定していなかった効果があることがわかる。ひとつは、メールをもらうことで物理的に顔を思い出すのでより印象に残る(初見の印象が悪かった候補者の場合は逆効果かもしれない)。あとは文面がコピペであると印象が悪く、インタビュー当日に話した内容を詳しく書いてあるととても印象がよい。

 

引き続いて、仕事ではこの2週間ほどはTransplant hepatologyのサービス週間。比較的落ち着いているが、Non-complianceからのAcute cellular rejection症例や未診断のPTLD症例があったりと、教育的には充実していてフェローは満足している様子。

 

10月半ばに日本に一時帰国する前の1ヶ月で、60分枠のプレゼンが4つ(肝移植後CMVについて、HCCのablationについて、薬剤性肝障害に対するステロイド治療の是非について、肝移植の適応と生体肝移植について)があり、疲弊。全部引き受ける必要はなかったんじゃと思う反面、何事も勉強也と自分を鼓舞する。

一時帰国の目的のひとつはJDDWへの参加である。IA州医師免許(以前書いたように、自分のは通常のライセンスではなくspecial license と呼ばれる特殊なもの)は日本で消化器内科の専門医であることを前提に担保されているので、専門医維持のためときどきこうして参加しなければならない。面倒だがやむを得まい。おいしい魚と、つけ麺が食べたい。飢えているといってよい。

(写真は先週末のりんご狩りです)